血液凝固、線溶やその制御に関わる因子の遺伝的異常は血栓症のリスクとなるが、原因となる遺伝子変異は人種間で異なる。当研究室では、日本人の静脈血栓症の遺伝素因として凝固制御因子プロテインSのK196E変異を同定した。本変異は日本人の約55人に1人と高頻度に認められる。また、線溶因子プラスミノーゲンのA620T変異(マウスではA622T)も日本人の約25人に1人の頻度で認められ、潜在的な血栓性リスクとなっている可能性がある。本研究では、これらの変異の影響を個体レベルで解析するためのモデル動物として、プロテインS-K196E変異ノックインマウス、プロテインSノックアウトマウス、プラスミノーゲン-A622T変異ノックインマウスの3系統の遺伝子変異マウスを新たに樹立した。本年度は、2種類の急性肺塞栓モデル(組織因子誘発肺塞栓モデルおよび無機ポリリン酸誘発肺塞栓モデル)を用いて、各遺伝子変異マウスの応答を白人型血栓モデルである凝固第V因子-R504Q変異マウスと比較解析した。その結果、2系統のプロテインS遺伝子変異マウスでは、凝固第V因子-R504Q変異マウスと同様に、肺塞栓誘発後の肺血管閉塞が亢進し、野生型マウスと比べて高い死亡率を示したことから、プロテインS-K196E変異による抗凝固活性低下が肺塞栓症などの静脈血栓症の増悪要因となることが確認できた。一方、プラスミノーゲン-A622Tマウスの肺塞栓症状は野生型マウスと同様であった。三血管閉塞法による局所脳虚血再灌流モデル実験でも、野生型マウスに比べて症状の悪化を認めなかったことから、プラスミノーゲン-A620T変異は日本人の肺塞栓症や脳梗塞の病因とはなっていないと考えられる。
|