研究概要 |
ヒトの「意味記憶」に重要な役割を果たしていると考えられている嗅周皮質における,神経栄養因子の役割について検討することを目的とした.具体的には,ヒトの「意味記憶」に相同であると考えられるラットの「物体についての記憶」の遂行が,神経栄養因子やその阻害薬,関連する神経伝達物質の阻害薬の投与により影響を受けるか否かを検討した.オペラント箱において,ラットに同時的複式物体弁別課題を習得させた.同時的複式物体弁別課題では,まず,オペラント箱の側面に設置された二つのレバー上に視覚刺激が提示された.ラットが正刺激の直下のレバーを押せば,背面にある報酬受け皿上に落とされる餌ペレットを得ることができた.負刺激を選択した場合,室内の明かりが10秒間消された.正刺激と負刺激が左右どちらに表示されるかは,試行毎にランダムとした.次の試行では,先の試行で用いた視覚刺激とは異なる視覚刺激についての弁別を同様の手続きで行った.このように2対の視覚刺激についての弁別を,15秒の試行間間隔で1日100試行遂行させた.2対を用いた物体弁別課題を90%以上の正反応率で遂行できるようになったラットの嗅周皮質に,薬物投与のためのマイクロインジェクションカニューレを留置する手術を施した.手術から回復した後,NT3,K-252a,KN93,スコポラミンを微量投与し,既に習得している物体弁別課題における遂行成績を評価した.その結果,神経栄養因子であるNT3およびCaMKIIインヒビターであるKN93は学習に影響することはなかった.一方,神経栄養因子受容体遮断薬であるK-252aは,ムスカリン性アセチルコリン受容体遮断薬であるスコポラミンと同様に,すでに習得している物体弁別を障害する可能性が示唆された.
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