研究概要 |
幼弱に生まれる哺乳類の仔は親からの適切な養育がなければ生き延びることができない。そのため仔には自分を守ってくれる相手を認識し、その対象に愛着する「愛着行動」、そして親には仔の世話をする「養育行動」が本能的に備わっている。愛着行動と養育行動は相互依存的であり、双方の働きかけと応答が必須である。たとえばイヌ、ネコ、ネズミなど四足哺乳類の多くでは、親が仔を口でくわえて運ぶ場合、仔は親が運びやすいように大人しくなり、同時に四肢を縮めてコンパクトな姿勢になるトランスポートレスポンス(Transport Response, TR)を示す。 一方、ヒト乳幼児は泣いているときに抱き上げられると泣き止むことが多い。さらに抱きかかえながら歩くと、そのままおとなしくしていることは広く知られている。つまり、親の輸送中に起こる仔の鎮静化反応はマウスなどだけではなく、ヒトを含む霊長類にも相当する反応がある可能性が高い。しかし、TRに関する研究はあまりなされておらず、反応制御に必要な脳部位や神経機構はほとんど不明である。 そこで本研究は仔マウスを用いてTRの発達や制御機構を解析した。TRの詳細な生後発達曲線を作成した結果、TRは離乳前一過的に発現し、不動と姿勢制御という構成要素から成ることが明らかとなった。また種々の感覚入力を薬理学的あるいは外科的に遮断したところ、不動反応には触覚と固有覚刺激が必須であることが分かった。仔マウスの不動反応が減弱すると、親の仔運び行動が妨げられることが行動実験より示された。一方、小脳皮質形成に異常のある変異マウスならびに小脳皮質の外科的除去実験より、姿勢制御には小脳機能が必要であることが示された。これらの結果よりTRには親の輸送を助ける働きがあり、その制御に複数の脳部位が関わる仔特有の反応であることが示唆された。
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