申請者らはバルプロ酸により神経幹細胞を処理するとニューロン分化が選択的に誘導されることをこれまでに見いだしているが、本研究ではin vivoでもバルプロ酸を投与すると移植した神経幹細胞がニューロンへと分化誘導されるかどうかを実際に脊髄損傷モデルマウスを用いて評価した。脊髄損傷後7日目にGFPマウスから得た神経幹細胞をマイクロインジェクターを用いて損傷中心部に移植した。バルプロ酸は移植当日から150mg/kgを1週間毎日腹腔内投与した。移植1週間後に灌流固定し、取り出した脊髄の凍結切片を作製して、ニューロンのマーカーとともにGFPに対する抗体を用いて免疫蛍光染色を行った。バルプロ酸投与群では非投与群に比べて、GFP陽性細胞におけるニューロンマーカー陽性細胞の割合が高く損傷脊髄内においてもニューロン分化が誘導されることが示唆された。また、先行実験において損傷中心部から分布した移植細胞の突起長を計測すると、バルプロ酸投与群では非投与群に比べて、より著明な突起伸長が見られた。さらに非治療群も含めて下肢運動機能評価(BBB scoring)を行ったところ、神経幹細胞移植後バルプロ酸を投与した群では非治療群、バルプロ酸非投与群と比べて明らかに下肢運動機能の改善が見られた。錐体路のトレーシング実験では、移植した神経細胞が損傷した神経回路をリレーするように再建している様子が観察された。移植細胞を特異的に除去すると、一度改善した運動機能が再度悪化することからも、移植細胞が直接的に損傷脊髄の再建に貢献していることが推察された。これまでに移植神経幹細胞をヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を用いてニューロンへ分化誘導し、治療効果を示した報告はなく、神経系疾患の新規治療法開発に重要な情報を提供するものと思われる。
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