本研究は痛み認知に対する社会的修飾の脳内メカニズムを明らかにすることが目的である。雌雄間で強い絆を形成するプレーリーハタネズミにパートナーとの別離(パートナーロス)を経験させることにより社会的ストレスを負荷し、その後の情動および痛み関連行動を解析した。雌雄ペアを7日間同居させた後、雄のパートナー雌に対する愛着度をプリファレンステストにより評価し、パートナー雌にのみ愛着を示しストレンジャー雌(他のペアの雌)に愛着を示さなかった雄を絆有りと判定した。プリファレンステスト終了後に、同居を維持する群(パートナー維持群)とパートナーと別離する群(パートナーロス群)に分け、3日後にオープンフィールドテストで不安レベルを評価すると、パートナーロス群の方が維持群に比べて不安レベルが有意に高かった。オープンフィールドテストの翌日に、vonFreyフィラメントを用いて、後肢の引っ込め反射の刺激閾値を測定すると、維持群に比べてロス群で有意に閾値が低下していた。その翌日に、後肢足背にホルマリンを注入し、炎症性疼痛の痛み関連行動を解析すると、維持群では注入直後から時間の経過とともに痛み関連行動が消失していったのに対し、ロス群では痛み関連行動がほとんど消失せず持続していた。絆の形成が確認されなかったペアでは、維持群とロス群でこのような情動および痛み関連行動の差は検出されなかった。絆が形成された高社会性げっ歯類において、パートナーロスにより不安レベルが高くなり、さらには、機械的刺激閾値の低下および炎症性疼痛時における痛み関連行動が増強されることが確認された。現在、パートナーロスによる痛み関連行動が増強されるメカニズムについて、脳内の痛み情報処理回路を中心に解析を進めている。本研究をさらに進めることで、パートナーとの死別などによるロストシングルの疼痛性障害に対する学際的治療法の確立に貢献できると思われる。
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