自己では再生しない腎臓の疾患から末期慢性腎不全に陥った場合、ドナー不足である腎移植治療の現状から主な治療は人工透析である。透析治療は国の財政を圧迫し、また患者の生活への負担も大きい。そこで本研究では、非常に複雑な構造と多くの細胞群により構成される腎臓を再生するために、当研究室で確立している腎・尿管発生に重要な働きをしている遺伝子であるPax2を遺伝子導入したES細胞から腎構成細胞を分化させることで新しい腎臓の再生医療の技術を確立することを試みた。このES細胞は、導入した遺伝子発現の調節が可能であるもので、Pax2遺伝子はelectroporation法で導入した。このES細胞において、胚様体(EBs)を形成させ、中胚葉分化因子であるアクチビンAとレチノイン酸(RA)を(1)非添加、(2)添加の条件別にEBsの平面培養を行った。EBsをそれぞれ回収し、腎臓発生に関連する各種遺伝子発現をRT-PCR法により評価した。さらに、糸球体や尿細管など腎構成細胞の有無について免疫染色法を用い検討した。(1)アクチビンA・RA非添加群でPax2遺伝子を発現させたEBsでは、integrin α8遺伝子(間葉細胞に発現する接着因子)とaquaporin-1遺伝子(近位尿細管マーカー)の発現亢進を認めた。免疫染色では、aquaporin-1陽性細胞数の増加を確認することができた。(2)アクチビンA・RA添加群においては、BMP7遺伝子(間葉細胞から尿細管への分化に関連する因子)、Ret遺伝子(GDNFと協調し尿管芽形成する因子)、Pax8遺伝子(Pax2遺伝子と協調し尿細管形成する因子)、Podcin遺伝子(糸球体の足細胞のマーカー)などの発現亢進を認めた。Pax2遺伝子を強制発現させることで、腎構成細胞あるいは前駆細胞の構成比率が増加し、ES細胞から腎細胞への分化が誘導されたと考らされた。さらに中胚葉分化因子との協調により、腎を構成する多様な細胞への分化が可能と考えられ、腎発生メカニズムの解明や将来の腎再生医療への応用が期待された。
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