目的:近年、卵巣子宮内膜症を発生母地とした卵巣癌が報告され、注目されているが、その分子病理学的機構は不明である。子宮内膜症は、組織学的に子宮内膜と類似することから、子宮内膜癌の発生に関与するミスマッチ修復(MMR)異常が卵巣子宮内膜症からの癌化でも存在している可能性を考えた。これまでに子宮内膜症におけるMMR異常に関する検討はなされていない。本研究では、子宮内膜症の癌化過程におけるMMR機構異常と、MMR機構とin vitroでの微小環境の変化(炎症性サイトカインの存在)に伴うMMR蛋白発現の変化を検討し、分子病理学的因子を明らかにすることを目的とした。 方法:卵巣子宮内膜症30例、卵巣子宮内膜症合併卵巣癌25例、卵巣癌26例を抽出し、代表的なMMR蛋白であるhMLH1、hMSH2発現を免疫染色にて評価した。これらのうち46例のDNAをマイクロダイセクション法にて抽出し、Microsatellite instability (MSI)の有無と臨床病理学的因子との相関を解析した。また、正常子宮内膜上皮細胞、不死化卵巣上皮細胞を炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6)存在下で培養し、MMR発現の変化を検討した。 結果と結論:hMLH1とhMSH2の陽性細胞率はそれぞれ、卵巣子宮内膜症79、89、子宮内膜症合併卵巣癌の内膜症部分72、84、癌部分42、45、卵巣癌29、31であり、癌で有意に低下していた。MSI陽性率は、卵巣子宮内膜症4/16(25%)、子宮内膜症合併卵巣癌内膜症部分3/13(23%)、癌部分6/13(46%)、卵巣癌8/17(47%)と癌で高頻度であった。卵巣子宮内膜症の中でもMMR発現低値症例でMSI陽性であった。In vitroにおいて、正常子宮内膜上皮細胞を炎症性サイトカイン存在下で長期間培養したところ、MMR発現が抑制された。子宮内膜症では既にMMR機構の異常が存在しており、卵巣癌でMMR蛋白発現低下およびMSIが高頻度に認められたことから、子宮内膜症の癌化にMMR機構の異常が関与している可能性が示唆された。また、In vitroでの検討により、MMR発現はサイトカイン存在下で低下しており、慢性炎症下ではMMR機構に異常を生じる可能性が示された。
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