血管条メラノサイトの発生異常は先天性高度感音難聴を引き起こすことが知られている。昨年度はメラノサイトの発生起源である神経堤細胞が血管条中間細胞に遊走してメラノサイトに分化する過程を観察した。本年度は、昨年度の研究成果を参考にして、Pax3ノックアウトマウスであるPax3Cre/+マウスとGFPレポーターマウス(CAG-CAT-EGFP)を交配して得られるPax3Cre/+;CAG-CAT-EGFPマウス(PCGマウスとする)の発生中の内耳の観察を行なった。PCGマウスはCre-loxPシステムにより過去にPax3を発現した細胞にレポーター遺伝子GFPを永久的に発現させる。すなわち、過去に神経堤でPax3またはCreリコンビナーゼを発現していた細胞が内耳に遊走してきたことを証明できる。Pax3蛋白発現量が50%に低下しているPCGマウス同士を交配して、胎生18.5日のマウス胚を採取した。Pax3蛋白発現量が0%のマウス胚の中には神経管の閉鎖不全に伴い、内耳の発生が途中で停止しているものがあった。この現象はPax3遺伝子変異マウス同士を交配して得たマウス胚の過去の報告と同様の現象である。しかしながら、神経管の閉鎖不全の有無に関係なく、内耳が形態的にはほぼ正常発生しているものも存在した。この結果は「Pax3が欠失すると正常な内耳発生が起こり得ない」という従来のコンセンサスを打ち崩す知見である。さらに、このマウス胚の蝸牛軸切片を作製して、GFPを励起したところ発生中の血管条中間細胞領域にGFP陽性細胞が多数存在した。mRNAの発現を観察したところ、メラノサイトマーカーであるDct、Kir4.1の発現が共に減少していた。これらの研究成果は「Pax3は、神経堤細胞が発生中の血管条中間細胞領域へ遊走するのには必要ない、しかし、神経堤細胞が血管条メラノサイトへ分化するのには関与している」ことを示唆している。
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