ラット肺腺癌細胞株IP-B12をF344ラットの脛骨骨髄内に直接接種した脛骨転移モデル、ならびに左心室内に接種して誘発した全身性骨転移モデルを作製し、後根神経節における酸感受性受容体(特にAcid sensing ion channels: ASICs)の発現について検討した。以前の検討では、病態の末期ではASICの遺伝子発現量に顕著な差は認められなかったが、病態の進行段階においてASIC1およびASIC3 mRNAの発現が増加することが明らかになった。 疼痛発現におけるこれら受容体の関与を検討するため、神経系細胞株F11に酸刺激を行い、神経伝達物質であるCGRPのmRNA発現を解析した。その結果、酸刺激によりCGRP mRNAの発現は増加したが、ASIC阻害剤であるAmilorideを処置すると、その増加が有意に抑制されることが分かった。したがって、ASICは骨転移巣において形成される酸性環境により刺激を受容し、CGRPの発現を増加させることで痙痛発現の一因を担っていると推察される。今後、ASIC活性に伴う細胞内シグナル伝達経路についても検討を進めたい。 また、骨転移を有するラットと対照ラットの後根神経節を用いてマイクロアレイ解析を行った結果、骨転移により発現が増加する分子と減少する分子がいくつか候補として挙がってきている。それらのうち、ある細胞外基質に着目し詳細に検討したところ、脛骨転移モデルおよび全身性骨転移モデルのいずれにおいても、神経節におけるmRNA発現が有意に減少することが分かった。細胞外基質は神経細胞の維持や生存、突起の伸張などにおいて重要な役割を持つことが知られているが、疼痛の発現における働きについてはほとんど報告されていない。今後はさらに、転移巣の酸性環境と細胞外基質の発現調節の観点からも新たな疼痛発現機序の解析を進める予定である。
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