近年,齲蝕の進行した症例においても可及的に歯髄を保存し,積極的に失われた硬組織を再生させることを目的に,増殖因子(growth factor)などの応用が検討されている。しかし,齲蝕や外傷などによって歯髄に炎症が発症すると,炎症性サイトカインが複雑にネットワークを形成して,その病態が形成される。炎症が存在する組織では増殖因子が少なくなるという報告もあり,再生療法の効果が充分に得られない可能性がある。そのため,歯髄組織の炎症増悪機序の解明と抑制方法を研究することは,再生療法の効果をさらに高める可能性がある。 歯髄細胞,歯根膜細胞を構成するのは主として線維芽細胞だが,細胞が存在する環境によってシグナル伝達系が異なる可能性が示唆されたため,同じく口腔内に存在する歯肉線維芽細胞と歯髄細胞をフローサイトメトリー(FACS)により比較した。その結果,歯肉線維芽細胞の細胞表面にはIL-6受容体(IL-6R)はほとんど存在せず,歯髄細胞の表面にはIL-6Rが存在することがわかった。これは,同種類の細胞に同じ治療法を行っても,細胞の存在している環境によって治療効果が異なる可能性を示唆している。 上記の結果をもとに,IL-6RをRNA干渉により一時的に発現を抑制(ノックダウン)し,IL-6を培養歯髄細胞に作用させた。その後,IL-6による培養歯髄細胞の血管内皮増殖因子(VEGF)産生について定量PCR法にて比較した。結果はコントロール群に対して実験群(RNA干渉を実施)は,VEGF産生が抑制される結果となった。ただし,統計学的有意差は認められなかった。 炎症の増悪因子として作用するVEGFを抑制することで,RNA干渉が組織の炎症抑制に有効である可能性は示唆された。しかし,歯髄組織の炎症抑制から組織再生に至る過程についての検証は本研究だけでは充分と言えず,今後の検討課題である。
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