高齢社会を迎えた日本で再生医療は最も注目される研究分野の一つであり、その中でも歯の再生医療は強く望まれる分野の門つである。再生医療実現に向けて、その発生・成熟過程においては、細胞外基質の産生・分泌・蓄積のため、さまざまなタンパク質分解酵素およびそのインヒビターが重要な役割を果たす。そこで本研究では歯の発生・成熟過程における分子機構の解明を目的に、これまでわれわれが骨組織の成熟に関与することを報告してきた、セリンプロテアーゼインヒビターであるマスピンに着目し、歯の発生過程における生理的役割について検討した。前年度に続き、歯の発生過程におけるマスピンの発現については、雷状期、帽状期にはその発現が認められず、鐘状期以降の細胞外基質形成の始まる各種歯原性細胞にマスピンが発現していることを確認した。さらに、胎性20日齢ラットの下顎骨から第一大臼歯を摘出し、器官培養(organ culture)を行い、その時にマスピンの中和抗体を添加し、マスピンタンパク質の機能を阻害し培養したところ、歯胚の成熟過程において、コントロール群と比較して経時的に歯原性細胞における細胞外基質の蓄積が有意に阻害され、正常な象牙質、エナメル質の形成が遅延または阻害された。さらに、in vitroにおいて、歯乳頭由来細胞を用いて、その培養過程において、マスピンの中和抗体を添加し、マスピンタンパク質の機能を阻害し培養したところ、細胞の増殖期においては、マスピン中和抗体の濃度依存的に細胞増殖は阻害され、さらに、分化期においても、マスピン中和抗体添加群ではコントロール群に比較して、歯原性細胞の分化マーカーであるDSPPおよびDMP1の発現が遅延する傾向が認められた。これらのことから、マスピンは歯の成熟過程において必須であり、その細胞外基質の成熟に重要な役割を果たしていることが確認できた。今後は新たな展開として、歯の再生医療の実現に向けて、マスピンの発現をコントロールすることを含めて、検討を重ねる予定である。
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