抗がん剤による口腔内有害事象の一つに味覚障害がある。この障害はがん治療の生存率に直接影響をあたえるものではないことから軽視されがちであり、その原因は不明である。亜鉛の投与や食事の工夫など対処療法は行われているが、未だ有効な治療法がないのが現状である。本研究では、抗がん剤を投与したラットから有郭乳頭切片を作製し、舌上皮、味蕾、味神経などの障害と回復の過程を組織学的に明らかにすることにより、化学療法中における味覚障害発生機序の解明と有効な治療法の開発を目的とする。抗がん剤としては、臨床的によく使用され、口腔粘膜炎の発現頻度が高いテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(ティーエスワン)(S-1)を用いた。S-1の投与量は、予備的検討から20mg、10mg、2mg/kg/dayとした。5日間連続経口投与後2日間休薬を1クールとし、3クール施行した後に舌を摘出した。3クール施行中に苦味物質である塩酸キニーネを用いた2瓶選択法による行動学的実験を行い、塩酸キニーネ水を優位に飲むかどうかで味覚障害を判定した。摘出した舌より有郭乳頭を中心にパラフィン切片を作製した。HE染色による舌上皮細胞と味蕾の変化を観察した、抗PGP9.5抗体を用いた免疫染色を行い、味神経線維および舌内神経節の変化を観察した。これまでに得られた結果として、2瓶選択法による行動学的実験において味覚障害が確認された個体においても、S-1による舌上皮細胞や味蕾の明らかな形態変化は認められなかったが、一方で味神経線維の減少と舌内神経節細胞の変性を認めた。S-1投与による味覚障害には、味神経の障害が原因である可能性が示唆された。
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