我々が新しい運動技能を獲得するとき、目標とする運動と実際の運動との誤差(エラー)が小さくなるように運動を修正する。つまり、エラー情報をもとに運動は学習され、エラー情報が多いほど学習が促進されると考えられている。これに対して申請者は、「連続的に供給される過度なエラー情報は、むしろ学習を阻害する」という、従来の学習概念とは異なる実験結果を平成22年度の研究によって得た。 視覚運動変換課題の学習中に、間欠的にエラー情報(運動の視覚情報)を与えることによって、周期運動の学習過程にどのような影響を及ぼすかを調べた。結果、5周期に1周期だけエラー情報を与えると連続的に与えるより運動学習の成績が良くなることがわかった。次に、周期運動学習システムがどのようにエラー情報を参照しているのかを調べるためにシステム同定を行った。結果、現在の運動指令を調整するために、5周期前までのエラー情報を用いており、特に2周期以上前のエラー情報は現在の運動エラーを増大させるように働いていることがわかった。このように、周期運動の制御システムは、数周期前までのエラー情報を一度に参照してしまうという特徴を有しており、連続的にエラー情報を与えるとそれが弊害となって顕在化してくるものと考えられる。 本研究によって得られた「過度なエラー情報は、運動学習を阻害する」という新しい知見は、運動の研究分野にとどまらず、認知・知覚など学習に関する広い研究分野に大きな示唆を与える。この知見に基づいた運動学習計画の考案など、リハビリテーション、スポーツ指導の現場にも有用な知見を与え得る。従って、本研究は極めて大きな学術的意義のみならず、社会的意義も有する。
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