研究概要 |
平成22年度の研究では,原理検証用デバイスである保磁力差型スピンバルブ素子(CoFeB磁化自由層/MgO/Fe_4N磁化固定層 三層薄膜構造)の開発に成功した.これにより申請者が実証したインバース電流誘起磁化反転は,磁化固定層だけでなく磁化自由層のスピン分極率の符号もスピントルクの働く向きに影響する可能性があることを示した.平成23年度は「研究実施計画」に則り,負のスピン分極率を有する材料のスピンダイナミクスに関する実験を通して,磁気緩和定数の評価を目的とした. 作製した薄膜試料は(100)Si単結晶基板/MgO(2)/Fe_4N(5-20)/保護層(膜厚単位:nm)とした.保護層にはCu 10nmを適用した.また比較用試料として,既に報告のあるNi-Fe合金薄膜試料も作製した.試料は3mm角にへき開して強磁性共鳴の実験を行った.試料面直方向に対する外部磁場方向の角度依存性データを数値フィッティングし,強磁性材料の本質的な磁気緩和定数を算出した,また磁気緩和定数の強磁性膜厚依存性および,従来のNi-Fe薄膜との比較検討を行った.すると申請者らが作製した試料では,膜厚の低減に伴って磁気緩和定数は減少することを示した.これは絶縁体であるMgO薄膜下地層を用いたことにより,磁気緩和を引き起こす要因である角運動量の散逸が抑制されたのが原因と推察された. 負のスピン分極率を有し,マイノリティースピン伝導が支配的な強磁性材料の磁気緩和定数の定量化はこれまで検討されていない.しかし平成23年度の研究で,磁気緩和定数はNi_<79>Fe_<21>薄膜と同等の0.008であることが明らかとなり,次世代スピントロニクスデバイスへの適用範囲であることが判った.以上の成果は,デバイス応用の可能性を広めるばかりではなく,完全には解明されていない磁気緩和現象やスピントルクのメカニズムに対して学術的な知見を与える重要な成果である.
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