研究概要 |
ソ連記号論の代表者ユーリー・ロトマンの理論とその影響について、後期ソ連~現代ロシアの社会・文化状況との関わりをとおして検討した。論文「後期ソ連における『生の構築』」では、(公式)言語によって現実が隠蔽されたソ連社会の「言語中心主義」に加え、ソ連における公/私の(未成熟な)区分という観点から、ロトマンの19世紀ロシア文化論を分析した。発表"Place of Polyglotism in Bakhtin, Lotman, and the Russian Post-Semiotic Schools"および論文「ナショナル・アイデンティティとしての『爆発』」では、ペレストロイカ以降のロシア現代思想で、記号論も含む「言語中心主義」の克服がいかに図られたかを検証した。 現代ロシアの人文学の全体を俯瞰することは難しく、日本での研究・紹介はごく断片的にしかなされていないが、本研究では、記号論の遺産を軸として、言語中心主義、公/私の区分と自由主義の確立、ロシアのナショナル・アイデンティティといったテーマが関係しあっていることを明らかにし、後期ソ連~現代ロシアの人文学の動向について、一貫したパースペクティヴのもとに理解する土台を築けたと考えている。 研究成果の国際的な発信という点でも、ソ連記号論の拠点であったエストニア・タルトゥ大学で開催されたロトマンの生誕90周年記念学会への参加や、ロシア・ポストモダニズム文化論の代表者であるマルク・リポヴェツキーを招いた学会パネルへの参加などをとおし、みずからの研究成果を発表するとともに、海外の研究者との協力関係を構築できた。特に、近年伸長著しい韓国の研究者たちとの関係を深められたことは、今後、東アジア発のロシア研究を発展させるうえで有益だったと評価できる。
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