23年度はもっぱらH.アイスラーについての作品分析および検討を行い、口頭および論文の形で発表した。これにはベルリンの芸術アカデミーのアルヒープで閲覧した一次資料などがとりわけ有効であった。亡命期の大規模作品には、作品そのもののについての考察に加えて、制作動機に関する疑問を避けて通ることができない。このような明確な主張を持った作品であればなおのこと、この時期にその手法でこの規模の作品を書くことには、それなりの理由があったはずだからである。この作品は制作に長い時間がかかっており、そこでは状況に応じて、その目的や方向性が変化している。複雑な時代的、社会的背景を反映したこの作品の背後には様々な事情や妥協もあり、この成立動機に関する問いに答えることは容易ではないが、手稿譜のメモや手紙、その時期の他の活動の内容などを照らし合わせることによって、一定の見解を出すことができたと考える。 また23年度には、9月にソウルで行った口頭発表の一部として、23年2月に初演されたP.デッサウの作品の舞台上演を今日的な受容の例として取り上げて考察した。この上演は新しい受容のあり方の模索として、さまざまな点で極めて興味深い。このような時代の特徴を色濃く刻印された作品にアクチュアリティーを与える積極的な試みは注目に値するものであり、そのようなひとつひとつが、次の試みの足掛かりとなることは間違いがないだろう。そのためにも、このような試みを評価し、それに反応してゆくことは重要であると考える。 二つの作品を個別に検討することによって、これらの作品の類似点と相違点とが明らかになった。同じ詩を幕開けのテクストとしてもつこの二作品は、その基本的な方向性は同じでも、さまざまな点で異なるものを持っている。そしてそれは作曲家個人の考え方や手法の違いに基づくだけでははなく、第二次世界大戦の開戦をはさんだ8年間という時間的な差でもあることを、今回の研究によって確認することができた。
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