本研究では、現代医療の実践の一つの社会的な帰結として、新たにバイオエコノミーと呼ぶべき領域が生み出されてきていることを、特に臓器移植医療との関係で探究した。臓器のやり取りの特徴を民族誌的な観点から考察し、とりわけ、匿名の制度的条件のもとでなされる交換が、特殊な身体認識と密接に関わっていることに着目することで、匿名の交換システムが生み出す人格、身体感覚、負債の感覚などを、贈与論のモチーフとの関連で明らかにした。匿名化のプロセスは、一般に身体の脱商品化のプロセスであるとみなされているが、脱商品化は、かならずしも脱経済化を意味しない。むしろ、身体の交換に際して現れるさまざまな情動の作用が、臓器の経済を特殊なものにしていることに、積極的な意味を与える必要がある。 こうした傾向は、臓器移植医療にのみ当てはまるものではなく、とりわけ生殖医療などさまざまな場面において、それぞれに特徴的な差異があるとはいえ、ある程度の共通性をともなって問題化している。こうした論点については、バイオエコノミーの特殊性とその普遍的性格をテーマにさらに精査する必要があり、今後も継続的な研究が必要とされる。本研究は、その意味で、2012年度以降になされる予定の「情動の経済」に関わる申請者の新たな研究テーマへと継承されていくこととなった。 研究の成果は『文化人類学』誌や共著書において論文として発表した。
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