本研究の目的は、19世紀後半から1905年の第一次革命直前にいたる時期のロシア帝国、そのなかでもヴォルガ中流域とウラル南麓というムスリム居住地域におけるムスリム社会の具体像を、ムスリム家族と、それにより形成される社会を分析するという社会史的手法により解明することである。そして本年度は、以下の2つの研究課題を実施した。 (1)19世紀後半~1905年前後のヴォルガ・ウラル地域で作成された、ムスリム家族の遺産分割に関連する文書を基本史料とし、これに関係する法規通達類や、内容的に関係するムスリム知識人の著作類もあわせて収集して、読解分析する作業を進めた。これにより、ロシア帝国統治下のムスリム家族がいかなる制度的環境にあったのかを明らかにするための具体的事例を提示する計画であったが、実際に史料調査を行なった結果、関連諸分野の先行研究で利用されてこなかったにもかかわらず、非常に重要な史料を収集することができた。それらはムスリムによりアラビア文字表記テュルク語で作成された文書であり、なかにはアラビア語法学書からアラビア語文言が引用されたものもある。これらの史料も分析対象に含めることで、制度的環境のみならず、イスラーム法実践の実態についても個別事例的に解明することが可能となった。 (2)19世紀後半~1905年前後のヴォルガ・ウラル地域で作成されたムスリムの教区簿冊を基本史料とし、サンプル的に特定の時期の、特定の農村の教区簿冊を抽出する。それを、教区簿冊に関係する法規通達類や、内容的に関係するムスリム知識人の著作類とあわせて分析することにより、将来における歴史人口学的家族社会史研究への見通しを提示するという計画であったが、必要な研究文献や史料を収集する作業を終えることができた。 上述の研究課題(1)については特に、下記「13.研究発表」欄記載の論文が成果として得られた。
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