本研究の全体的な目的は、近・現代文学における知的障害者表象を通史的に研究し、知的障害者観・人間観を多角的に明らかにしつつ、これから知的障害者や人間、社会の諸制度をどう考えられるかを検討すること。そのための知的障害者を表象する作品のデータベース構築が本研究の目的である。 本年度の課題は未調査の文芸雑誌の調査だが、一年間の調査でデータベースは飛躍的に充実した。新たにリストアップされた作品は、坂口安吾「二十一」、永井荷風「花柳小説腕くらべ」、三島由紀夫「右領収仕候」他多数に加え、マイナーな作家の作品では大下宇陀児「凧」、森茉莉「黒猫ジュリエットの話」などが加えられた。 本年度研究の意義・重要性としては、まず、これまで注目されてこなかった作品が知的障害者表象の観点から検討し得ることが明らかとなった点が挙げられる。また、有名作家の作品の新しい解釈の視点が示された。例えば、三島由紀夫が「狂気」を主要なテーマとしていることは先行論等より明らかだが、「白痴」表象も少ないながらあることが分かった。三島は認識についても中心的テーマとして変奏してきた作家だが、「白痴」が描かれる場合、「狂気」が描かれる場合と認識について汲み取れるメッセージは異なる。「白痴者」は人間か、人間とは何かということが、近代文学ではしばしば問われるが、三島由紀夫「月澹荘綺譚」では人(「白痴者」)を人として認識できぬ者は人ではないというメッセージが見出せる。それは、認識する行為が認識する主体の何であるか(人であるか否か)を規定するということだが、認識行為と人間とは何かという問いとが接続されるのは「白痴」表象によると考えられる。このように、有名作家の作品解釈に新視点を用意するとともに、文学で「白痴」表象がどのような可能性をもつか、その一側面を明らかにし得た点も意義・重要性と考える。
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