昨年度に引き続き、定家監督書写本とされるものの中で従来1人の人物による書写と見なされていたが別筆も含むものであること確認できるものについて検討を行った。特に本年度はその中でも冒頭の本文や書き入れなど集のうちに明らかな定家の筆跡を含まない写本について注目した。定家の痕跡を含まないということは定家の書写工房で書写された物かどうかの判定が疑われるものということになる。しかし、書写の形態が他の定家監督書写本と一致すること、またこれらの本文の筆跡は、特に冒頭を定家が書写している他の定家監督書写本と一致することから、やはり従来言われてきたように定家の書写工房で制作されたものであるという結論に至った。定家の痕跡を含まないにもかかわらず定家の書写工房における書写によるものであるということは、定家の書写工房における書写活動において、定家が直接的には筆を染めないという活動があり得たということである。つまり、定家がやや間接的な関わりしかしなくても他の私家集と同様の価値をもつ写本を作成できたということである。これは従来の定家監督書写本・定家の書写工房において制作された写本の概念には含まれなかったものが作成されていたということであり、従来の概念を少し拡大する必要があるということになる。こうした従来の概念を修正する必要性について『有房中将集』と定家の関わりに着目し、「藤原定家の書写活動と『有房中将集』-冷泉家時雨亭文庫蔵『有房中将集』をめぐって-」として学会において口頭発表を行った(和歌文学会第107回関西例会2011年12月3日)。
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