平成22年度は、医療実践における主体と客体の差異化及び比較の問題について、創薬の現場としての治験を対象に調査を進めた。本研究の3つの柱となる(1)文献調査、(2)フィールドワーク、(3)比較民族誌をそれぞれ開始し、現在は基礎的な情報の収集を継続中である。まずは、(1)創薬の歴史的変遷や現状を把握するために、医療史や臨床科学の文献による確認作業の上で、人類学や民族学の事例研究から見えてくる日本と海外の違いを視野に入れながら分析を行っている。(2)の民族誌的なフィールドワークの中心として、東京都と高知市で合わせて3つの医療施設で、糖尿病薬等の治験の参与観察を行い、医学的な知識を蓄積するプロセスの現場において、個々の患者の異なる生活世界や体験は、いかに糖尿病の科学的知識を再構成するのかを調べた。また札幌市と東京都で、製薬会社やCROへの聞き取り調査及び資料収集を実施し、糖尿病薬の開発競争における「科学的なもの」と「経済的なもの」の差異化を裏付ける実証的データを獲得した。ここで得られた結果をより広い文脈の中で理解するために、現在検討中である(3)比較研究のプロジェクトを来年度(平成23年8~9月)に実施予定。その準備として、2月に糖尿病の治療薬の開発に関わっている2つのハンガリーの病院を尋ね、医師や自助グループのメンバーとのインタビューを中心に、予備調査を行った。さらに、こうした中間結果を踏まえ、今後、高知市とハンガリーの地方病院の二つの事例に焦点を合わせ、地域医療における治験の役割について研究を展開する予定である。
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