昨年度、23年度から開始したフィールド調査を続けており、糖尿病のさまざまな医薬品の開発に関わる臨床試験を参与観察の方法を用いて探究した。治験の多種多様な現場で行われる比較の効果を分析し、日本とハンガリーの現状を人類学の視点から比較検討した。一方では、従来の日本国内の地方病院を対象とした民族誌的フィールドワークを展開し、国内外学術集会への参加(5月札幌、3月シンガポール)により、情報収集を行い、研究者、製薬会社、患者のネットワークを追跡してきた。またDrug Research Centerという受託臨床試験機関(CRS)の病院で糖尿病治験の参与観察(平成23年8~9月)を中心に、ハンガリーで3カ所において比較現地調査を実施した。こうした比較研究の結果について、米国人類学会(AAA)年次集会をはじめ、国際学会などで発表し、学術論文を報告した。 以上の民族誌のデータから、医学的な知識を蓄積するプロセスにおける比較の効果を再考することを目的としながら、臨床試験の現場において、個々の患者の異なる生活世界や体験は、いかに糖尿病の科学的知識を再構成するのかを確かめた。糖尿病薬の効果を評価するには、自らの体を「科学的に経験」できるという患者が不可欠である。薬というモノを通じて、一般的に通約不可能とされる科学の論理と人間の感性は、臨床試験の組織において比較可能になるのである。本研究では、こうしたモノ(薬)を作るという実践のなかから、人類学における文化比較の方法を根本から問い直す可能性が見えてきた。つまり自己と他者の違いは、文化や社会的な背景をもつ多様性のみではなく、科学や技術が媒介するモノとの関係をつうじて、その多様性が効果をもたらすのである。この点は、人類学における「差異」と「関係」の概念の新たな地平を切り開くと考えられる。
|