本研究は、『源氏物語』成立期(1008)以降の史実を媒介にして、『源氏物語』の政治世界を解釈し物語意義を考えるものであり、これは、従来の『源氏物語』推拠論から脱却する試みである。これまでは、延喜天暦期(897-967)を中心とした『源氏物語』成立期以前の歴史的事例を『源氏物語』に引き当てて考察されてきた。しかし、『河海抄』が後朱雀朝(1036-1045)の史実を挙げるように、『源氏物語』には先例のない出来事が描かれ、成立期(1008)から院政期(1068-)までの間に実現する現象が見出せる。 本研究では、特に後朱雀期朝・後三条朝(1036-1073)を中心とした『源氏物語』成立期以降の歴史物語を取り上げ、『源氏物語』と物語成立期以降の史実・歴史叙述を比較検討することで、『源氏物語』に描かれる政治や後宮のあり方の解明とその意義考察を行った。具体的には、まず『河海抄』に指摘される後朱雀朝・後三条朝の史実を調査した。これは、『源氏物語』が史実を取り込むことで虚構を構築し、それが後世の時代に実現された対象と考えられる。『源氏物語』を解釈する上で、院政期までの史実や歴史叙述を視野に入れる必要性を指摘することができる。 また、歴史物語に描かれる後朱雀朝・後三条朝の歴史叙述を検討した。例えば、『栄花物語』「松のしづえ」に描かれる後三条朝と『源氏物語』「桐壺」巻との比較から、後三条朝と桐壺朝の類似性が指摘できる。例えば、桐壺朝は藤原摂関家による支配からの脱却を試みるため、後宮の編成や皇位継承に自らの意思を反映させたここれは、歴史学で指摘されているような後三条帝による院政志向の背景に近い。また、『大鏡』には後三条帝の出現を予言する言説が見られる。これは藤原摂関家の栄華を主題とする『大鏡』が、後三条朝以降の新しい時代をどのように認識したか、その歴史認識を捉えることができる。
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