本研究は、『源氏物語』成立期(1008)以降の史実を媒介として、『源氏物語』の政治世界を解釈し物語意義を考えるものであり、これは、従来の『源氏物語』准拠論から脱却する試みである。これまでの准拠論では、延喜天暦期を中心とした『源氏物語』成立期以前の歴史的事例を『源氏物語』に引き当てて考察されてきた。しかし、『河海抄』が後朱雀朝の史実を挙げるように、『源氏物語』には先例のない出来事が描かれ、成立期から院政期までの間に実現する現象が見出せる。本研究では、『源氏物語』成立期以降の歴史のうち、特に後朱雀朝・後三条朝(1036-1073)を取り上げ、『源氏物語』と物語成立期以降の史実・歴史叙述を比較検討することで、『源氏物語』に描かれる政治や後宮のあり方の解明とその意義考察を行うことを目的とした。 研究成果としては、以下の二点がある。まず、『河海抄』の准拠関係の指摘のうち、『源氏物語』成立期以降の史実をリストアップした。これは、当研究の目的である「後朱雀朝・後三条朝」を含む成立期から院政期までの史実が該当する。これにより、『河海抄』は『源氏物語』の成立を明らかにする一方、『源氏物語』の読解に迫る注釈態度も合わせ持つことがわかった。これにより、従来の准拠論の見方である「作者の方法」から「読者の方法」へと視点を転換させる必要性が見出せる。さらに本研究では、従来『河海抄』など古注釈研究に収束していたこれらの調査を、歴史物語との関連性を踏まえ『源氏物語』読解へと還元できた。具体的には、特に「産養」について、醍醐朝から鳥羽朝までの史実を調査することで、平安時代における産養の実態を明らかとし、それに対して『源氏物語』の描く産養の記述には史実からの脱却が見られること、そしてその物語意義に迫った。これは、従来の准拠研究のように『源氏物語』成立期以前までの史実にのみ固執していた場合は結論の出ない問題であり、当研究の目的と方法の重要性が明らかとなった成果の一つである。
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