本研究は、「いのち」の科学である生命科学技術をめぐる現代的課題を「多元的生命倫理」という概念から文化人類学的に論考し、それを通して生命科学と文化との相克を乗り越えるための理論的視座を構築することを目的としている。初年度にあたる本年度は、(1)文献資料の渉猟とその読解・分析、(2)インドにおける現地調査、(3)学会・研究会等での研究成果発表の3点に重点的に取り組んだ。まず、文献資料に関しては、南アジア地域研究、文化人類学研究、生命倫理研究の関連文献を収集して研究課題の理論的視座の基礎作りを行い、また、それと同時に、インドにおける生命科学関連の条例、ガイドライン、刊行物の収集を行った。こうした国内での基礎研究を踏まえて、2011年2月~3月にかけて、1ヶ月間のインド・マハーラーシュトラ州における現地調査を実施した。まず、現地ではマハーラーシュトラ州プネー市のプネー大学、バンダルカル研究所、ペシュワ古文書館において、歴史資料の収集を行った。さらに、州内の聖地であるトランバケーシュワルに滞在し、そこで子宝を求めて祖霊祭祀儀礼を行う巡礼者の調査および聖地導師(tirta guru)と呼ばれる宗教専門職集団の調査を行った。また、プネーとムンバイという都市部でのIVF(体外受精)センターを見学し、産婦人科医への聞き取り調査を実施した。これらの複合的調査によって、生命をめぐる新技術の受容と適用に関して、先端医療分野、宗教分野、歴史的分野の各側面から考察を深めることができ、本研究課題にとってきわめて有用であった。今後の課題としては、聖地における調査を定点観測的に継続することと、中世マラーティー語の歴史資料の翻訳・読解が挙げられる。そして、こうした基礎的文献研究、現地調査とあわせて、本年度は第44回日本文化人類学会研究大会での研究発表をはじめとして、複数の共同研究会において計4回の研究発表を行った。
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