本研究は、「いのち」の科学である生命科学技術をめぐる現代的課題を「多元的生命倫理」という概念から文化人類学的に論考し、それを通して生命科学と文化との相克を乗り越えるための視座を構築することを目的としている。そのための具体的課題として、以下の2点を設定し、研究を行った。(1)インドにおける生命科学をめぐる動向のなかでも中心的なテーマであり研究蓄積も多い産児制限(人口抑制)と、近年大きなテーマとなっている商業的代理出産を調査研究し、生殖医療技術の利用が生み出すジェンダーと身体の諸問題を明らかにする。(2)個別社会.地域の理解を目指す文化人類学のパースペクティブから、生命倫理学や法学における既存の研究にアプローチし、両者の架橋をはかる。 昨年度に行った基礎的文献の渉猟とその読解・分析を踏まえ、今年度はグジャラート州およびマハーラーシュトラ州の不妊症クリニックでの代理懐胎に関する現地調査を実施し、トランスナショナルな移動を伴う生殖ツーリズムの現状について、利用者である依頼者、提供者である代理母、そして仲介者である医師やエージェントなどへの聞き取り調査、およびクリニック・代理母ハウスでの参与観察を行った。それにより、先行研究では注目されてこなかった代理母同士のネットワークや、女性同士の共同性に依拠した身体の商品化の実践が明らかになった。以上の研究の成果として、共著を執筆するとともに、アメリカ、日本における国際学会、シンポジウムおよび日本生命倫理学会をはじめとする複数の学会・研究会で研究発表を行い、広く知見の共有と意見交換を行った。
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