本研究は、作者秋里籬島を中心に、その文学的環境の諸要素の相関を解明することによって、近世中期の上方において書物が形成され、出版文化のもと世に出された様相を追究し、文学と出版の在り方を捉えることが目的であり、本年度は主として、籬島による小説作品について形成方法の実態解明と、そこに浮かび上がる特質の要因・意味に関する調査研究を行った(論文「『信長記拾遺』考」)。籬島は著作の隆盛により、この時代の上方作者としての存在は小さくないが、従来その閲歴には不明な点が多かった。しかし昨今に伝記の一端が明らかとなり、これを踏まえて著作の形成の在り方を捉えていくことが重要な点であると考えた。伝記的事項として籬島の浄土真宗との関わりが明らかになっているが、調査研究の対象とした著作『信長記拾遺』の内容は石山合戦である。この原拠と考えられるのは実録の『石山軍鑑』(立耳軒著)であり、『石山軍鑑』を基に『信長記拾遺』が創成される段階の手法的特質について追跡した。そして作者が見せる叙述態度に関しては、著述の環境、すなわち主に宗派をめぐっての人的な連繋を含む作者の立場と、出版事情のもとに制作側が打ち出した書物としての位置付けが要因となっていると捉えた。同時に、小説としての本作の編集には後年の名所図会との手法の類似があることも見出している。加えて、新たに取り入れられた挿話や虚構性は、時代の文学環境と読者意識に関わるものと考えられることを論証した。このように籬島の著作形成の要因を解明した成果は、後年の著作との繋がり・方向性、および同時期の小説作品群との連関を見出すために不可欠であり、その上に時代の文壇情勢を捉えていく展開を可能にする意義があると考えている。
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