本研究は、近世中期の上方において書物が形成され、出版文化のもとに世に出された様相について、作者秋里籬島を軸に、その文学環境(文学的基盤およびこれを取り巻く書肆・出版界の動向)の相関を解明し、文学と出版の在り方を捉えることが目的であり、本年度は主として、秋里籬島の文学環境に着目し、活動圏や動向に重なりの窺える同時代の文学者とその編著の形成について調査研究を行った(論文「三居庵古音著『俳諧実語教』解説と翻刻」)。秋里籬島の文学には、図会物の著述の他に俳諧活動があるが、籬島と関連の深い京都の書肆吉野屋為八の出版物に、寛政年間における俳人三居庵古音の編著がある。これを近世中期京都における文芸圏の近い作者の活動の一端として、これらの著作の形成と文学的傾向を明らかにした。伊勢蕉門飛良の男古音の閲歴は俳諧と刀剣の目利きの二点にわたり、編著はその作法と手引を旨とする実用的性質の書物である。その出版書肆は田中庄兵衛と前述の吉野屋であるが、これらの古音の編著の制作・出版は、田中庄兵衛の側における類書の板権の所持状況や書肆自身の俳諧活動、および実用書を手掛ける出版傾向と相俟ってなされたことが認められ、古音と田中庄兵衛、(その後古音編著の出版を続けた)吉野屋とともに籬島との関連については、同時代京都俳壇周辺に捉えられる活動圏および時代の俳諧情勢としての蕉風復興運動の影響を見出して跡付けられた。以上の研究成果には、文学者の活動の解明を起点として、これと周辺事物との連繋を見出していく展開から文壇・出版界全般の動静を捉え得る意義があると考えている。
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