本研究の主な目的は、音素交替もアクセント型交替も含めて、日本語の音韻交替の歴史や現状を様々な観点から調べることである。 オックスフォード大学での発表は、苗字のアクセントについての調査結果の報告であった。単一形態素名詞に基づいた苗字は、アクセントに特徴があり、注目を引きつける。苗字のアクセントが普通名詞のアクセントに一致するケースもあれば(例えば:/a'rasi/嵐;/a'rasi-saN/嵐さん)、一致しないケースもある(例えば:/tokoro'/所;/to'koro-saN/所さん)。アンケート調査によって調べた結果、統計的に有意の傾向があることが明らかになったが、ほとんどの交替現象と同様に規則的だとは言えない。 音韻論フェスタとサンフランシスコ州立大学の研究会においては、明治初期に「お雇い外国人」として来日したBenjamin Smith Lymanの言語研究をテーマに発表した。Lymanは、日本語の一番広く知られている交替現象である連濁についての画期的な論文を書き、言語学界で有名になったが、当時の日本語の発音、表記法についての研究も行なった。音韻交替の研究の背景を理解するために、このような関連研究も見逃せない。 シンガポール国立大学での発表は、連濁そのものを中心に漢語と和語の相違点を指摘した。対等複合語の場合は、和語はほとんど連濁しない(例えば:/cuki+hi/月日)が、漢語の二字熟語は違う(例えば:/naN+boku/南北)。畳語の場合は、和語は(擬声語・擬態語を除いて)連濁する傾向が強い(例えば:/hito+bito/人々)が、漢語の二字熟語はあまり連濁しない(普通:/soH+soH/少々;例外:/hoH+boH/方々)。このような相違点を考慮し、連濁の定義を考え直す必要がある。
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