本研究は、会社法において差止制度が果たすべき機能の再検討を目的とする。特に、企業買収の場面において差止制度を活用することで、株主・経営者間のエージェンシー問題の改善を図るための具体的な提案を行うことを目的とする。従来、差止制度は、問題となる行為が現実に行われる前にその行為を禁止するという特徴を有するため、裁判所が差止めを認めることには謙抑的であるべきといった考え方が支配的であった。これに対し、企業買収の場面では、買収対象会社の取締役の善管注意義務・忠実義務違反を取締役の行為に対する差止めの根拠とすることで、問題となっている企業買収取引そのものを禁止することなく、経営者の自己利益の追求行為をより柔軟に抑制することが可能になる。すなわち、買収対象会社の取締役に対して、買収者との買収条件の再交渉や他の潜在的な買収者の調査・検討を促すことが可能になるのである。今年度は、昨年度の調査結果を踏まえて、買収対象会社の取締役に対する規律づけが不足しているわが国の友好的買収の現状に対し、具体的な解決策を提示しようと試みた。特に、裁判所による取締役の行為の差止めを通じた規律づけの実現という観点から、友好的買収の場面の場面における買収対象会社の取締役の善管注意義務・忠実義務違反の有無の判断基準を模索するとともに、差止めを通じた救済手段を現実に利用可能にするための解釈論・立法論を検討した。検討の成果については、平成23年10月に神戸大学で開催された日本私法学会で報告するとともに、法学協会雑誌に5回にわたり掲載した。組織再編の場面における実効的な差止制度の実現は、現在開催中の法制審議会会社法制部会でも主要論点の1つとして扱われており、本研究が建設的な議論の進展に少しでも貢献することができれば幸いである。
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