本プロジェクトの目的は、英国領北アイルランドの地域紛争の経験にまつわる集合的な物語形成の過程と、そこにおける個人の語り実践の位置および意義を、ミクロな相互行為分析とマクロな言説分析の双方から検討していくことにあった。2011年度は、前年度後半に実施した現地調査で収集したデータの整理と分析をおこない、さらにマクロな言説分析をすすめ、両者をあわせて考察した。この結果は、一部を2011年8月に日本オーラル・ヒストリー学会で発表し、また東北学院大学英語英文学研究所の紀要に論文として発表した。また、英文誌Senri Ethnographical Studiesにも原稿を提出しており(論題:"Storytelling Practices and the Formation of Collective Experience : Narratives of the Conflict in Northern Ireland")、現在査読・編集が進行中である。 本年度の考察により、「なにが暴力であるか」をめぐる個人および社会の認識そのものが政治体制の変化のなかで動揺し、変わっていく様子を析出することができた。これはミクロな個人の記憶・経験に中心的な焦点を当てつつも、紛争後「移行期」というマクロ社会的な時期性に着目し、他の移行期社会の事例とも比較検討しながら分析を行ったからこそ可能になった点であり、本プロジェクトのもっとも重要な成果といえる。 なお、年度前半におこなったデータ整理・分析作業の過程で浮上した論点に取り組むため、2012年2月初旬~3月初旬に、北アイルランドにて本プロジェクト二度目の現地調査を実施している(現地住民による経験語りのワークショップについて、関係者10名に聞き取りをおこなっている)。この調査の成果をふくめた考察を論文としてまとめる作業を、現在すすめているところである。
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