本研究の初年度にあたる2010年度においては、19-20世紀転換期における母子関係の変容を科学・技術と都市空間と権力が織りなすネットワークの全体から明らかにするという本研究の目的に則して、当時の育児状況に関わる諸事象を取り上げて分析するという基礎的な作業を行った。具体的には、パストゥールによる細菌の発見という科学的な出来事に加え、粉ミルクや哺乳瓶の技術的開発、さらには公衆衛生によってパリ全体を覆うことになる「清潔」概念の広がりが、それぞれに母子関係を変容させる影響力を持っていることを確認した。これらの暫定的な研究成果を受けて、育児を巡る様々な状況の変化が母子関係を変容させ、近代的な「愛に支えられた養育関係」が形成されてくる過程について分析を行い、本年度の教育思想史学会においてコロキウム発表を行った。 また、母子関係から派生した問題意識として、大人と子どもという概念そのものについても検討を行った。特にかつての日本において見られた子供組や若者組に関する民俗学の研究をもとに、祭事や儀礼における子どもへのまなざしを確認することで、大人と子どもの境界線がどのように作られていたのかを明らかにし、その成果を田井康雄編集の共著『不確実性の時代に向けての教育原論』において提示した。 なお、本年度の研究から見えてきた課題としては以下の点が上げられる。19-20世紀転換期のフランスにおける育児状況を構成する要素として見逃すことのできない「乳母」もまた、社会変動の中で変容していったと考えられる。育児を行うこうした外部の女性は、民衆の心性や産業革命、さらには育児を可能にする哺乳瓶や粉ミルクという技術や保育所という制度の創出の中で少しずつその役割を失い、育児の主体を「母」へと譲り渡していったと考えられるが、この変容を立証する一次資料をフランスにて収集し検討することで、本年度の研究を発展させていくこととする。
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