前近代の西洋社会においては、同一社会内の家計間で所得と子ども数の間に正の相関が観察された。それに対して、現代の先進国においては、そのような関係が観察されなくなった。このような所得と子ども数の関係の変化を説明できる理論モデルは先行研究の中には存在せず、この分野におけるパズルの一つと考えられてきた。このパズルに対して解答を与えることができるような理論モデルを構築することが本研究の目的であった。 具体的には、子ども数が各家計の最適化行動の結果として決定される世代重複モデルに、(1)子どもに対する公的支出と私的支出の共存、(2)子どもの最低消費水準、という二つの要素を組み込んだ経済成長モデルを構築した。その結果、上述したような所得と子ども数の関係の変化だけでなく、その変化と同時期に観察された経済全体の出生率の変化(初期においては上昇し、その後、低下に転じた)も説明可能なモデルとなった。 単なる比較静学の結果としてではなく、カリブレーションとシミュレーションを行い、経済成長モデルの動学過程の中で、家計間の所得と子ども数の関係の変化(正の相関の消滅)と経済全体の出生率の変化(上昇トレンドから低下トレンドへの変化)の両方について、イギリスのデータをおおむね再現することができた。この分野においては、長期にわたる歴史データをシミュレーションによって再現しようとする研究が活発に行われるようになってきており、これまでパズルと考えらてきた現象を再現可能なモデルを構築できたことは、この分野における重要な貢献になると考えられる。
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