輸入自由化の結果として経済主体が経験する所得分配効果の方向性は各経済主体が保有する生産要素の種類に依存している。しかしながら、如何なる生産要素を保有する経済主体が貿易自由化により得をし、あるいは損をするのかという理論的帰結は、想定するモデルにより異なる。当プロジェクトでは、日本の有権者および政治家のマイクロデータを用いて、各経済主体の通商政策に対する選好(態度)が、如何なるモデルで想定される分配効果の方向性と整合的な認識のもとで形成されているかを検証する。いずれも暫定的な結果ではあるが、本年度の成果としては以下の点が挙げられる。 有権者については、既存のデータ(ISSP National Identity II)を用いて実証分析を行った結果、産業間を円滑に移動できない要素の存在が仮定された特殊要素モデルの帰結と整合的な態度を表明する傾向があることが明らかになった。加えて、女性は男性と比較して輸入自由化を支持する確率が低く、失業者は就業者と比較して輸入自由化を支持する確率が高いことが明らかになった。平成23年度においては、新規にアンケート調査を実施し、こうした傾向に変化が見られるか否かを確認すると同時に、個別の通商政策(対内直接投資推進、外国人労働者受入促進、TPP参加など)に対する選好の決定要因についても分析を行う予定である。これらの分析結果は、我が国が今後貿易自由化を推進する際の補償のあり方、広報のあり方を検討する際の有益な情報となり得る。政治家に関する分析については、政党要因、個人属性要因、当該政治家の選挙区の要因のいずれについても、通商政策に対する態度決定に有意な影響を与えていることが明らかになった。選挙区要因については、有権者と同様、ヘクシャー=オーリーン・モデルではなく、特殊要素モデルの帰結と整合的であった。
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