研究概要 |
本研究の目的は高い熱電変換性能を示す新規カルコゲナイドを創製することである。高性能物質には,低い熱伝導率と低い電気抵抗率および高い熱電能が要求される。低い熱伝導率は複雑結晶構造をもつ物質で実現され,低い電気抵抗率と高い熱電能は高対称の結晶系に属する構造をもつ物質で共存する可能性がある。そこで本研究では,立方晶系の複雑構造を有するスピネルCu_yFe_4Sn_<12>X_<32>(X=S, Se)とテトラヘドライトCu_<10>Tr_2Sb_4S_<13>(Tr:遷移金属元素)を研究対象とした。 前者のスピネルでは,X=Seの単結晶試料の育成に成功し,結晶構造と熱電物性を詳細に調べることができた。低温での電気抵抗率は温度上昇と共に指数関数的に減少し,熱電能は温度の1/2乗に比例して増加する。この結果から,低温では可変領域ホッピング(VRH)伝導が支配的であるといえる。また,室温では,10^<-4>ΩmというVRH伝導体としては低い電気抵抗率と150μV/Kもの高い熱電能が共存する。ホール測定の結果から,この共存の原因は重いホールバンドであるとわかった。以上の結果から,重いホールバンドを持つVRH伝導体は高い熱電変換性能を示す可能性があると提案した。 他方,テトラヘドライトの母体Tr=Cuは85Kにおいて金属-半導体相転移を示すことを見出した。この起源の解明には学術的な意義があり,今後の重要な課題である。他の遷移金属置換試料では相転移は消失した。また,置換によりキャリア密度は減少し,電気抵抗率と熱電能は増大した。この高い熱電能と0.4W/Kmという非常に低い格子熱伝導率により,Tr=Niの無次元性能指数ZTは340Kで0.15に達する。 以上のように,本研究では,テルルや鉛を含まない次世代熱電物質の候補となる物質群を見出した。この結果は,結晶構造に着目した物質探索指針の有用性を示すものである。
|