アントラセン結晶を急速に加熱した際、融解直後に過渡的にみられる「過熱状態」の格子振動スペクトルを、温度をゆるやかに上昇させて定常温度で測定したスペクトルと比較した。「過熱状態」における格子振動が融点以下の定常温度における格子振動と異なることを見出し、ラマン国際会議(ICORS2010)などで報告した。 また、これまでの装置をもとに、低振動数ラマンスペクトルを顕微鏡下で取得できるよう改良を行った。これによって、数十μmのアントラセン微結晶を一粒ずつ区別して測定がすることが可能となり、微結晶の配向や形状に応じた格子振動スペクトルの変化を観測することができるようになった。この方法で、微結晶の配向を逐次確認しながらラマン測定を行うことで、融解過程のスペクトル変化から配向の変化(結晶全体の回転)に由来する成分を取り除いて考察することが可能となる。また、融解における形状の変化の観察と低振動数ラマン測定とを組み合わせることによって、過渡的な融解状態がどのような形状をしているか観察できる。 さらに顕微鏡下での観測によって、アントラセン微結晶の格子振動スペクトルが結晶の境界付近(~2μm)では異なったスペクトル型をしており、強度が異常に大きくなることを見出した。これは境界付近での結晶型が、結晶内部とそれと異なっていることを示唆している。融解や結晶化などの反応は、特に結晶の境界付近でおきているため、今後境界付近でのラマンスペクトルの動的な挙動を観察することにより、どのように相転移が進行しているのかを議論することができるようになる。
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