縮合多環式π電子系は、その構造の強固さから強い蛍光などの特異な光物性を示すだけでなく、平面性の高さに由来する密なパッキング構造から高い電荷移動度などの電子機能を発現することが期待される。特に、ヘテロ元素で修飾されたジフェニルアセチレンの二重環化反応を用いた様々な典型元素を含むラダー型分子の合成は盛んに行われている。今回、このような分子内環化反応を利用して、より二次元的に拡張されたπ共役分子を合成すべく、デヒドロベンゾ[12]アヌレン(DBA)に反応の足がかりとなる典型元素置換基をもたせることを考えた。DBAはエチニル-2-ヨードベンゼンの三量化による簡便な合成法が知られており、本研究では、この方法を用いてC_3対称に置換基修飾されたDBA誘導体の合成と、そこからの多重環化反応による新たな縮合多環式π電子系の開発についそ検討した。 メチルチオ基をもつDBA誘導体を合成し、これに対して過剰量の三臭化ホウ素を作用させたところ、アセチレンへの求電子付加に伴い分子内三重環化反応が起こり、外周部にB-S配位結合を有する六環式のヘリセン型化合物が生成した。その構造はX線結晶構造解析により決定し、トリベンゾフルバレン骨格をもつことがわかった。この骨格は、DBAをリチウムで還元することによってもラジカル機構で形成されることが知られているが、今回得られたヘリセン型化合物ではメチルチオ基の立体障害により湾部位が歪んだπ曲面構造をとっていた。また、湾部位の歪み方向には結晶中で右巻きと左巻きがラセミで存在していた。ヘリセン型化合物は溶液で赤紫色を呈し、可視長波長領域にフルバレンの電子構造が寄与した特徴的な吸収帯をもつことがわかった。今後、さらなる分子修飾を行い、フルバレンの電子受容能を活かした機能性π電子系の開発に取り組む予定である。
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