本研究は日本を代表する歴史都市・京都の寺社建築と、それらがつくりだす寺町景観を対象とした日本建築史研究である。具体的には、京都の中心市街地に大量に現存する近世の寺社建築の価値評価を試みる。その手法として、「天明の大火」(1788年)を画期とした寺町景観の変容を論じる。研究開始年度である2010年度は、今後の研究展開をはかる上で必要となる基礎的情報の整備に注力した。すなわち、京都に現存する寺社建築のうち、天明の大火における被災ないし被災を免れた建物の把握である。こうして分類された寺社建築を相互に比較分析することによって、「天明の大火」を画期とした寺町景観の変容が抽出されることを想定している。研究の手順としてまず、京都府立総合資料館が所蔵する「寺院明細帳」「神社明細帳」から建物に関わる情報の抽出を試みた。明治時代中期に作成されたこれら明細帳には、建物の由緒を記載するなかで、「天明の大火」における被災の有無やその後の再建工事にかかわる情報が散見されるからである。次いで、「天明の大火」を免れた建物の現存状況と、その建築形態的な特色を検討した。ここで着目したのが「錣葺き」ないし「裳階付き」の建物群の存在である。すなわち、京都市街地の外縁部に分布する「天明の大火」を免れた建物には、「綴葺き」や「裳階付き」の仏堂が多くみられる。その一方で、京都中心部に位置する「天明の大火」被災域内に「錣葺き」の仏堂はみられないからである。この分布状況は「天明の大火」を画期として、京都市街地の寺社建築が「錣葺き」から変容した可能性を示唆する。この「錣葺き」の仏堂の現存状況とその歴史的背景について、「東山仁王門周辺の寺町における錣葺きの建築群について」と題して、2011年度の日本建築学会(大会)において口頭発表予定である。
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