本研究では、細胞核と細胞骨格の物質・機能両面における相互関連を明らかにするべく、そのコミュニケーションの分子メカニズムの解明に取り組んだ。核膜には「疎水的バリア」としてその選択的透過性を担保する核膜孔複合体(NPC)があり、比較的小さな分子(~40kDa)や輸送複合体の通過を許容しているが、如何にしてその厳密な分子選別がなされているかは不明であった。本研究ではまず、レプトマイシンBにより核外輸送を阻害すると、通常は明らかに細胞質側にのみ局在するように見えるスペクトリンやアクチニンが、核内に蓄積することから、ある種の細胞骨格タンパク質は核内外を行き来していることを示した。更に細胞質を取り払った状態の細胞を用いた輸送実験から、これらのタンパク質は、非常に巨大にも関わらず輸送担体の助けを借りない「自発的核輸送」により核内に移行することを示した。これらのタンパク質分子は両親媒性ヘリックスから成る構造モチーフを持っていたことから、NPC内部の疎水的環境との関わりを更に詳細に解析した。疎水的蛍光プローブを用いてタンパク質の表面疎水性を定量評価すると、これらのタンパク質の表面疎水性は溶液の疎水的性質の増加に対応して有意に上昇することが明らかとなった。この結果は分子動態シミュレーション解析と一致し、「両親媒性タンパク質は構造変化によってその内部の疎水的領域を表面に露出することで、NPC内部の疎水的環境に適応して核膜を通過することができる」という「自発的通過」の概念を提唱した。これらのことから、NPCを介した分子通過は、そもそもそんなに厳密に制御されていない、と考えられる。本研究により得られた分子通過のモデルは、多くの核タンパク質の核移行を説明する一般的機構を示唆し、また一見して核には局在しないタンパク質であっても核内に局在し機能している可能性を示すものである。
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