我々は日本人に特に多いとされる卵巣明細胞腺癌に関して、その前駆病変に注目して研究を進めてきた。明細胞腺癌の前駆病変としては子宮内膜症、異型子宮内膜症、明細胞腺線維腫、境界悪性明細胞腫瘍といった病変が挙げられる。子宮内膜症、明細胞腺線維腫といった良性病変から明細胞腺癌へと悪性化していく過程には、PIK3CAの遺伝子変異やマイクロRNAの発現異常が関与していると考えられる。我々はその過程を明らかにすべく、ティッシューマイクロアレイを用いた解析、マイクロダイセクションによって抽出したDNA、RNAを用いた検討を計画した。平成22年度は子宮内膜症、異型子宮内膜症、明細胞腺線維腫、境界悪性明細胞腫瘍といった前駆病変の組織像の再検討、症例の抽出を行った。また、明細胞腺癌に関しても症例数を上乗せし、新たなティッシューマイクロアレイを作成した。その結果、我々は世界で最大規模の明細胞腺癌ティッシューマイクロアレイの構築に成功した。以前より、明細胞腺癌にはPIK3CA遺伝子の変異が高頻度に認められることが知られていたが、2010年には明細胞腺癌特異的な遺伝子変異として新たにAIRD1A遺伝子の変異が報告され、大きな注目を集めた。我々は、明細胞腺癌の発癌に関わる遺伝子としてPIK3CAに加えてARID1Aにも着目し、明細胞腺癌における変異の有無、蛋白発現との相関、臨床病理学的意義を検討し、その結果を英文論文として報告した。明細胞腺癌とその前駆病変のマイクロRNA発現に関しては、レーザーマイクロダイセクションによるRNA分取を進め、マイクロアレイによる解析を行いつつある段階である。その結果、明細胞腺癌の発癌に関与すると考えられるマイクロRNAの候補がいくつか挙がってきている。今後は、これらのターゲットマイクロRNAに注目し、in vitro実験系を活用しつつ、その生物学的意義を解明していきたい。
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