膵β細胞のインスリンの分泌は血糖濃度に応じて発生する活動電位や細胞内Ca2+濃度の周期的変動で調整されている。腸管から分泌されるインクレチンはβ細胞のcAMPを上昇させ、PKAやEpacの活性化からインスリンの分泌を相乗的に増加させる重要なホルモンであるが、その経路には細胞の多くの要素が複雑に関与していて総合的なメカニズム解析は依然として困難である。そこでβ細胞に基づいた実験データを数理細胞モデルに組み込み、細胞機能をコンピュータ上に再現しインクレチン刺激による活動電位や細胞内Ca2+の変動に関与する細胞内各要素の役割とその寄与の大きさを総合的・定量的に解明することを目的とする。そこで22年度では、まずインクレチンシグナル伝達経路モデルを構築した。このモデルではG蛋白(Gsa)を介したアデニル酸シクラーゼ(AC)活性化によるcAMPの産生、フォスフォジエステラーゼ(PDE)によるcAMPの分解、また細胞内Ca2+濃度によるACとPDE活性制御を実験結果に基づいてモデル化することにより、GLP-1刺激時のcAMPの挙動を正確に再現することができた。また、GLP-1刺激で活性化された受容体には経時的に出現する二つのdesensitizationのステートが、cAMPの減衰動態を決定していることが明らかとなった。さらに、PKAやEpacをモデルに組み込むことで、GLP-1刺激によるPKAやEpacの活性も見積もることができた。このインクレチンシグナル伝達モデルをβ細胞モデルに実装し、数理細胞モデルでのシミュレーション実験からインクレチン刺激によるβ細胞インスリン分泌機能制御メカニズムの総合的な解明を目指す。更に本研究はインスリン分泌機能調節の分子メカニズムに関する新たな作業仮説を提唱するための強力なツールになると期待される。
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