癌を取り巻く間質や細胞は、腫瘍の微小環境に寄与し、腫瘍の進展に深く影響している。我々は、癌細胞とその微小環境との関わりを標的とした癌治療の開発を目的とした研究を進めてきた。なかでも、上皮細胞が極性を失って運動性が亢進し間葉系の形質を獲得する上皮間葉転換EMTに注目した。 肺癌細胞は、腫瘍間質や成長因子によってEMTが誘導され、浸潤・転移能を獲得し、さらに抗癌剤や分子標的薬への耐性を獲得した。手術標本から腫瘍周囲の癌関連線維芽細胞CAFを初代培養し、癌細胞株と共培養したところ、EMTが誘導された。トランスフォーミング成長因子TGF-beta receptor inhibitorによって、EMTが抑制されることから、CAF-癌細胞の相互作用にはTGF-bシグナルが関与することが判明した。またEMTによって、間葉系マーカーの獲得だけではなくCD44、CD133、Bmi1の上昇、in vitroでのsphere形成能、抗癌剤耐性化、invivoでの癌形成能を獲得することが判明し、治療抵抗性には癌幹細胞様形質の獲得が関与していると考えられた。抗癌剤、放射線に対する耐性癌細胞株を作成したところ、EMTが誘導されており、また幹細胞マーカーが上昇していた。実際、放射線化学療法後に肺切除を施行した症例の検討では、抗癌剤、放射線前の標本に比べて残存腫瘍内でEMTマーカーが増加している症例の予後が不良であり、術前治療によってEMTが誘導され治療抵抗性を獲得した組織が残存する可能性が示唆された。さらに腫瘍とCAFを同時に接種する動物モデルでは、EMT関連分子の阻害やCAFの機能を阻害することで、移植した癌細胞の進展を抑制した。 以上より、癌と間質の相互作用によって誘導されるEMTが、癌の生存機構に大きく影響していると考えられた。CAFを対象とした癌治療は、耐性化しにくいと考えられ、腫瘍をdormancyの状態に維持するといった新しい癌治療につながる可能性がある。癌と腫瘍間質の相互作用に関する研究の現状と問題点、癌周囲微小環境を標的とした治療戦略を開発したい。
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