脊髄損傷や、高位末梢神経損傷などによって引き起こされる難治性神経障害は、患者のADL、QOLを著しく損なう障害であり、これらの疾患、外傷によって多彩な神経障害を抱える患者は全国で10万人以上と言われる。しかし、未だに効果的な治療薬は存在しておらず、この理由として、近年目覚ましく発展を遂げている神経基礎科学によっても、未だ神経再生の鍵となるシグナルが明らかになっていないことが挙げられる。本研究の目的は、この問題解決の糸口の一つとして、蛋白のメチル化酵素の一つであるIsoprenylcysteine carboxylmethyl transferase (Icmt)の神経系への作用に注目し、その機能解明と難治性神経障害の治療薬への応用を検討することにある。すでに、脊髄小脳変性症にてIcmtが低下することが報告されているが、Icmtが神経細胞にどのような影響を及ぼすのかは未だ判明していない。本年度は、昨年度に引き続き、Icmtの機能の抑制が神経細胞にどのような影響を与えるかを調査を行った。ラットの小脳穎粒細胞の初代培養系の確立を行い、また、Icmtの下流に存在すると予想されるmTORの働きを明確化するために、LY294002、Akt inhibitor、rapamycinなどの前後のシグナルのインヒビターを初代培養中に加え、ウエスタンブロッティング法によって同定したところ、Akt、mTOR、p70S6Kなどのプロテインキナーゼの活性が上昇していることが判明した。また、これらのシグナルの影響が軸索進展や神経細胞死の抑制につながる可能性を示すデータが得られた。以上の結果から、Icmtの機能が、神経軸索伸展や細胞死の抑制に影響を与える可能性があることが判明し、Icmtの機能解明が難治性神経障害の病態解明と治療につながる可能性が示唆された。
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