本研究はベトナム中部都市ニャチャン市のコミュニティー内におけるRSV感染症の伝搬を解明することを目的としている。前年度に対象地域より地域中核病院に入院した小児の呼吸器感染症症例の臨床データを収集し、multiplex-PCR法を用いた病原ウイルス同定の結果とともに分析した。その結果、5歳未満の小児においてライノウイルスの感染率が24.2%と最も高く、次いでRSVが20.1%であった。またRSV感染はRSV非感染より1.3倍肺炎になるリスクが高いことが判明した。本年度は上記の小児呼吸器感染症症例のサーベイランスを継続するとともに、350人の健康小児を対象として鼻咽頭検体を採取し、病原ウイルスの同定を行った。その結果、健康小児においても2.9%においてRSV感染が確認され、症例対象研究によりRSV感染が入院のリスクを22倍上昇させることが明らかとなった。これはインフルエンザウイルスに比べて2.5倍高い値であった。 これらの結果は、公衆衛生策上重要な知見である。まずRSVの不顕性感染が少なからず認められるという事実は、いっけん無症状の小児が感染源としてコミュニティー内に存在し、感染の拡大に寄与している可能性を示唆する。これは端的に、RSV感染小児の隔離策はそれほど有効でないということである。そしてRSV感染はベトナムのコミュニティー内における小児の入院リスク、さらに重症化リスクの因子として、インフルエンザよりも大きなウェイトを占めることが明らかとなった。これはインフルエンザワクチンの導入とともに、RSVに対する適切な予防策をとることが、ベトナムを含む東南アジア地域の小児保健政策において有用であることを意味している。
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