口腔扁平上皮癌(OSCC:上皮内癌および浸潤癌)の臨床組織を用いた免疫組織学的検討により、正常上皮や上皮内癌とは対照的に、浸潤癌の浸潤部においてCYLDタンパク質の発現が著しく低下していることが明らかとなった。さらにCYLDの発現が低い症例では、腫瘍サイズの増大、血管新生の亢進、病期の進行、そして不良な生命予後を呈するという統計結果が得られた。そこで、6種類のOSCC細胞株と非悪性HaCaT上皮細胞のCYLD発現をsiRNAによって抑制したところ、全ての細胞株において上皮間葉移行(EMT)とそれに伴う著明な運動能の亢進が認められた。さらに、全OSCC細胞株におけるこれらの現象には、TGFβ受容体I、EGFR、PI3Kが関与していることが判明した。しかし重要なこととして、正常上皮細胞に限ってはTGFβ受容体Iの関与は否定された。TGFβシグナリングは、癌化初期においては癌抑制的に働く一方で、発癌後期においては癌促進的に働く。癌促進作用のひとつが、EMTを介した浸潤形質の獲得であることはすでに確立されているが、未だその分子機構には不明な点が多いとともに、癌化過程でTGFβシグナリングに対する反応性を規定する機構はほとんど分かっていない。我々の結果は、発癌過程において、CYLDの発現低下がTGFβシグナリングを浸潤の際に積極的に取り入れるかどうかのスイッチとなっている可能性を示している。 一方、上記臨床結果を支持するように、CYLD発現抑制によってVEGF、IL-8などの血管新生促進因子の発現が上昇するとともに、in vivoにおける血管新生が顕著に亢進することが判った。さらに、血管新生の引き金である低酸素環境において、SAS細胞やHaCaT上皮細胞のCYLD mRNA発現は早期から著しく減少することが確認された。 今後の詳細な解析によって、これまでに表面化していないOSCCの新たな浸潤形質獲得機構および低酸素を介した癌進展機構が明らかになると考えられ、OSCCの新たな診断・治療法の開発に発展すると考えられる。
|