研究課題
結晶が原子レベルまで薄くなると、層の数(n)に応じた特異な現象が現れ始める。特に系の対称性や波動関数は積層や層数を強く反映し、バルクや単層では予想されない新しい物性が実現する。遷移金属ダイテルライドWTe2は単層では2次元トポロジカル絶縁体、バルクでは極性ワイル半金属として知られており、WTe2層が相互に逆位相で積層した結晶構造を持つ。この特殊な積層構造は層間方向の極性とも関連しており、独特の強誘電性(極性)やベリー曲率双極に関連した非線形輸送特性を示す物質である。本研究では、剥離法により得られたWTe2原子層試料を層数nで厳密に分類し、グラフェンでカプセルすることにより大気中を運搬し、レーザー高次高調波を用いた顕微角度分解光電子分光による電子構造の解明を行った。具体的には、2層~5層WTe2を対象とした顕微角度分解光電子分光により、2層と3層の間で起こる絶縁体-半金属転移、およびnが偶数の際に強い空間非対称性のために現れる30-70 meVのスピン分裂の存在を明らかにした[Phys. Rev. Research誌に掲載]。さらにこれらを複数の近似法に基づく第一原理計算と比較し、定量的に評価した。また、ツイスト角度を0度と180度で積層した2層WTe2において、上記のスピン分裂が70meVからゼロへと変化する様子を直接観測により明らかにした[Nano Lett.誌に掲載]。これらの結果は、有限のn層試料において、積層プロセスを通して大きなエネルギースケールのバンド構造およびスピン分裂の制御が可能であることを示している。
2: おおむね順調に進展している
これまでに、剥離法による原子層試料作製、層数ごとに分けた試料の探索と選択、光電子分光実験のための基板準備、h-BNやグラファイト薄片基板との積層構造作製、積層作製に用いるスタンプ材や雰囲気・温度など、多岐に渡る原子層試料作製の条件探索を行ってきた[Sci. Rep誌掲載]。これに基づき、WTe2については層数や積層を変えた系統的な光電子分光実験を遂行することができた。一方、類似物質のMoTe2については初手の原子層試料の作製に困難な箇所があり、次年度に計画を持ち越した。また、当初計画していなかった物質として、異なる結晶構造を持つReSe2について、新しく単層および2層(0度積層および180度積層)の原子層試料の作製に成功した。2層ReSe2では180度積層による空間判定対称性の破れが期待され、WTe2のカウンターパートともいえる物質である。現在、放射光施設(KEK-PF)における顕微角度分解光電子分光実験を進めている。
上述のReSe2については単層および2層(0度積層および180度積層)の原子層試料を対象とし、顕微角度分解光電子分光による電子構造の解明および第二次高調波発生による空間非対称性の検出を行う。第一原理計算とも合わせて、原子層領域で形成される電子バンド構造に対する積層の役割について明らかにする。また、最近強誘電と共存する超伝導相が報告されている原子層MoTe2についても試料作製を推進し、顕微角度分解光電子分光によるフェルミ面やスピン分裂をはじめとする電子構造と積層の役割の解明を目指す。
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Physical Review Research
巻: 4 ページ: 1-7
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Scientific Reports
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