研究課題
生体内で最も硬いエナメル質の再生は、硬組織再生の中でも極めて難しい課題あり、一度喪失したエナメル質は再生は不可能であることから、人工物を用いた修復が行われている。先天的なエナメル質形成不全や、齲蝕等による後天的なエナメル質破壊に対し、新たな治療法としてのエナメル質再生技術は、次世代歯科再生療法として期待される。しかしながらエナメル質形成に関わるエナメル芽細胞分化に関しては未だ不明な部分も多く、特に成熟期エナメル芽細胞の機能に関しては、ほとんど解明されていないのが現状である。そこで本研究では、歯の形成過程における歯原性上皮細胞の各種細胞(内外エナメル上皮、中間層細胞、星状網細胞)への分化機構の解明、その中でも内エナメル上皮から分化するエナメル芽細胞の成熟過程における石灰化機構を明らかにし、これらの知見を用いた新たな「エナメル質再生」ならびに「細胞に依存しない硬組織再生」技術の開発を目的としている。その中で、マウスの臼歯及び切歯の歯胚を用いてscRNAシークエンス解析を行い、特にエナメル芽細胞集団において、より分化の後期に発現する遺伝子群の同定に成功した(具体的な分子名に関しては現時点で非公表)。またこれまで成熟期エナメル芽細胞に発現の認められたGpr111について、エナメル質の形成状況を検討した結果、重度のエナメル質形成不全症を呈することが明らかとなった。EDX解析にて形成されたエナメル質の元素分析を行った結果、CやOの含有量が増加していたことから、エナメル質に有機成分の残存があるために、石灰化不全を呈している可能性が示唆された。さらにGpr111の発現量の変化は、タンパク分解酵素の一つであるKlk4の発現に影響を与えていた。つまりGpr111は細胞外pHの変化に応答し、Klk4の発現を誘導することでエナメルタンパクの分解を促進し、石灰化を誘導している可能性が考えられた。
2: おおむね順調に進展している
今回の研究成果は、scRNAシークエンス解析により、成熟期エナメル芽細胞に特異的に発現する分子群の網羅的な解析に成功した。またこれまで当研究室で同定していたGpr111に関しては、遺伝子欠損によるエナメル質形成不全症の表現系の解析、Gpr111のpH変化による発現変化、さらにGpr111がKlk4などのタンパク分解酵素の発現を制御し、高度に石灰化するエナメル質の形成過程に一部を担っていることを明らかにすることができた。Gpr111欠損マウスの解析に関しては、すでにFASEB Jの2023年4月号に掲載されることが決定しており、順調な成果につながっていると考えられる。
成熟期エナメル芽細胞に発現し、ハイドロキシアパタイトの形成過程における水素イオンの代謝に関わるGpr115と、今回機能の一部を明らかにしたGpr111は、そのpH変化に対する応答性や発現時期が少しずれており、類似の構造を持つ2分子がタイミングをずらしながら発現し、ハイドロキシアパタイトの結晶化におけるpHに低下に関しての緩衝能の発揮と、タンパク分解のプロセスを厳密に制御している可能性が考えられた。そこで歯原性上皮細胞株SF2を用いて、細胞外pHを変化させた際の、Gpr111及びGpr115の発現変化、Car6やKlk4の発現タイミングの調整、さらにはエナメル基質の分解能や吸収能についてのin vitro解析を実施する。次に、成熟期エナメル芽細胞に特異的に発現する遺伝子群のスクリーニングによて想定された分子(約20分子)において、各分子の組織内発現を免疫組織学的に検討する。特にGpr111やGpr115と同様にpHの変動により機能を発揮する分子に着目し、個々の分子の遺伝子改変マウスや過剰発現や発現抑制(siRNA)を行うことで、その機能を明らかにする。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件)
Sci Rep.
巻: 13(1) ページ: 3354
10.1038/s41598-023-29629-2.
J Biol Chem.
巻: 299(5) ページ: 104638
10.1016/j.jbc.2023.104638.
J Oral Biosci.
巻: 64(4) ページ: 400-409
10.1016/j.job.2022.10.002.