合成オピオイドであるフェンタニル類が関与する使用事犯や急性中毒・死亡事案が世界各国で数多く発生している。これまでの代謝研究により、フェンタニル類のヒト代謝機構は概ね解明されたといえるものの、フェンタニル類の化学構造と産生される代謝物の種類・生成量の相関に関しては未だ不明な点が多い。また、フェンタニル類の代謝物の中には光学活性を有する代謝物も存在しており、各エナンチオマーの生成挙動まで個々に評価した報告は見当たらない。本研究では、N-アシル鎖長の異なるフェンタニルアナログ4種(アセチルフェンタニル,フェンタニル,ブチリルフェンタニル,バレリルフェンタニル)を基質としてヒト肝ミクロソーム代謝処理し、液体クロマトグラフィー高分解能質量分析法を用いて各基質の薬物動態パラメータと主要代謝物の生成プロファイルを評価した。N-脱アルキル化体、エチルリンカー水酸化体、ピぺリジン環水酸化体の生成量は、いずれも基質のアシル鎖伸長とともに増大し、ブチリルフェンタニルで最大、バレリルフェンタニルで減少する傾向がみられた。これは各基質のクリアランスの序列と同一の関係性であり、これらの代謝反応がクリアランスに強く影響していると考えられる。一方、基質のアシル鎖伸長ともにフェネチル部分の芳香環水酸化体は減少、アシル側鎖水酸化体は増大したことから、アシル鎖伸長に伴い芳香環への酸化からアシル側鎖への酸化へと代謝経路がシフトしたと考えられる。また、アセチルフェンタニルとフェンタニルの代謝系についてのみ、エチルリンカー上のβ位炭素水酸化体をキラル分離することができ、エナンチオマー間で生成量に明確な差異を見出すことができた。本研究はフェンタニル類の代謝に寄与する酵素の新たな基質特異性や立体選択性を明らかにするものであり、これらの知見に基づいて薬物の摂取時期推定など法科学分野に資する応用展開を試みていく。
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