本研究の目的は、まず、犯罪との関連が認められているADHD(注意欠如多動症)の刑務所受刑者における有病率を明らかにすることである。従来日本では調査が行われていなかったが、今回の研究において、700名を超える新入受刑者に対してテストによるスクリーニングを行ったところ、陽性者が約12%と、一般成人における有病率の約5倍に及ぶことが明らかになった。かつ、その大部分はADHD未診断であった。またADHDは、服薬によって行動の大きな改善が認められる点で発達障害の中でも特異である。海外の複数の研究においてADHDを持つ一般成人を対象として、服薬期間と非服薬期間を比較したところ、服薬期間において30ないし40%という大きな犯罪率の低下が見られることが明らかになっている。つまり、よりリスクが高い受刑者に対してスクリーニングと治療を行うことが、再犯予防において大きな役割を果たすことが期待されるのである。そこで本研究では、テスト陽性者に対して精神科医による確定診断を行い、希望者に対してADHD治療薬であるメチルフェニデートを中心とする薬物療法を行い、その効果の検証を試みた。また、多くの刑務所でこれらが実行できるよう、受刑者のスクリーニングから診断、治療、効果測定、刑務所退所後のフォローアップに至るADHDを持つ受刑者に対する治療パッケージの開発を目指した。刑務所内におけるコロナウイルス感染症拡大の影響で、治療が不可欠な受刑者以外の診察を行うことが困難で、陽性者のうち診察を行うことができたのは約半数に留まったが、うち約7割の診断が確定し、その約半数が服薬を希望した。服薬を行った者の約7割に明らかな効果を認め、その多くが出所後も服薬の継続を希望した。今後さらにスクリーニングを進めると共に、確定診断と治療の事例を増やすことで、ADHDを持つ受刑者のための再犯予防パッケージの確立を目指したい。
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