研究課題/領域番号 |
22K00047
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
品川 哲彦 関西大学, 文学部, 教授 (90226134)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 正義 / ケア / 平等 / 人間の尊厳 |
研究実績の概要 |
私たちはおたがいに、なぜ、どのように助け合うべきか。この問いにたいして、社会契約論、リベラリズム、運平等主義、徳倫理学、ケアの倫理などが答えを模索している。本研究はこれらの理論を対比検討して、①それらの理論のあいだで共通に用いられている倫理概念の意味の違いと共通点とをメタ倫理学的に分析し、②各理論が導出する弱者援助の指針とポリシーについて規範倫理学的に展望し(弱者の範疇はほぼ重なるとしても、誰をどのような理由からどう援助すべきかについては理論によって異なりうる)、③各理論を支える背景理論たる人間存在論・形而上学に遡って考察する。とりわけ本研究は、適用される対象を資格や値打ちによって排除するのではなく弱者を支える正義概念(「ふくらみのある正義概念」)と、親密な関係にとどまらず社会のより広い範囲に適用されうるケア概念(「実効性のあるケア概念」)という二つの概念の構築をめざす。上述の諸理論がこの二つの概念に収斂するわけではないが、弱者を援助するには社会の統合が必要で、しかし、なぜ社会の一員として協力することを是とするかを論じるには、誰が何をどれほど負い、また得るべきなのかという正義の視点が必須であり、同時にまた、そもそも自他の傷つきやすさを気づかうケアの視点が不可欠だからである。 以上を目的として本研究は当面、①②③の視点から、(a)ロールズと運平等主義、(b)ヌスバウムのケイパビリティ・アプローチと徳倫理学に依拠した正義論、(c)ケアの倫理に依拠したキテイの「ドゥーリア制度」――他人に依存せざるをえない者をケアする者をまたケアする者が支える社会設計――とその根底にある「つながりにもとづく平等」の概念について考察を進めていく。 2022年度はとくに(b)(c)のヌスバウムとキテイの比較研究を進め、また(a)の運平等主義の創始者ドゥオーキンについて亀本洋の批判と併せて研究を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究実績の概要に示したように、当初立てた計画の3項目のどれにも着手している点で本研究はスタートが遅れているわけではない。しかしながら、上述の(b)(c)にあたる、ヌスバウムとキテイとの比較研究の成果は「人間の尊厳はくるむようにして守られる」と題する論文にまとめたものの、この論文が収録される予定の『尊厳概念を問いなおす』(加藤泰史編、法政大学出版局)の公刊が延期されたため、2022年度中に成果を公表することができなかった。 (a)についても主題に直結した論稿を発表するまでにいたらなかった。とはいえ、主題に関連する系のような成果には、2023年3月に東京大学で行なわれたシンポジウム「サスティナビリティと人文知」で招待講演者として「環境問題における正義の概念と倫理学的思考」と題する報告を行ったことが挙げられる。再分配の理論には、平等主義のほかに、これまで不利益を被っていた者にたいする再分配による補償を優先する優先主義、十分な程度まで全員に分配を保障したうえで、その閾値を超えた分配については操作しない十分主義などがある。上記の講演ではこれらの理論と気候正義の問題との関連を扱った。 この遅れはまた、本研究と並行して研究代表者が進めている他の研究――ハンス・ヨナス研究(「ヨナスのスピノザ論」、『哲学論叢』50巻、2022年)、生命の尊厳の研究(「生と超越――生命論の生命疎外に抗して」、『尊厳と生存』、加藤泰史・後藤玲子編、法政大学出版局、2022年)、ハイデガー研究(「『超政治』の政治責任」、「相互主観性、生身の人間、ハイデガー――古荘真敬氏のコメントにお答えして」、「根本的には存在的思考の存在論的思考への混入が問題である――轟孝夫氏のコメントにお答えして」、『倫理学論究』、vol. 8, no. 1,2022年)関連の論文(いずれも単著)の執筆に精力を費やしたためでもある。
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今後の研究の推進方策 |
上述の(a)については、運平等主義の発想の源のひとつであるドゥオーキンは、必ずしも運平等主義のみに収斂するだけではないきわめて広い問題を扱った論者だが、そのさまざまな可能性をもつ思想を今一度検討することがおそらく重要な意味をもつだろうと考えている。2022年度にひきつづいて、平等主義、さらにまた優先主義、十分主義についての考察を進めたい。 (b)(c)については対比する論文をすでに書いており、2023年度中に公刊される予定である。2023年度はとくに(c)に重きをおいて研究を進めたい。ケアの倫理については、もともとケアの倫理は、倫理の根底に感情をおき、(その経験論的前提から)複数の状況に一律の普遍的な倫理的原理を適用するのではなくて今この場の個別の状況で倫理的判断を下すヒュームの共感にもとづく倫理理論に近いところがある。これについては、アネット・バイアーがつとに論文”The needs of more than justice”で指摘しているところだが、研究代表者はふたりの研究者とともにバイアーの訳書の公刊をめざしており、上述の論文と”What do women want in a moral theory?” について研究代表者が訳したものがそこに納められ、2023年度中には刊行する予定である。また、ケアの倫理に賛同しつつも共感を基礎とする倫理理論のなかにこれを組み込もうとするスロートの解釈にとくに焦点を合わせ、共感理論とケアの倫理について比較対照した論文を作成し、『文学論集』(関西大学文学部の紀要)に掲載する予定である。その他、ケアの倫理について啓蒙する仕事としては、「作業療法ジャーナル」誌への2回の論稿の発表が内定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究では、年に1回、調査と文献資料の収集のための海外出張のための旅費を計上していた。しかし、2022年度はコロナウイルスによる感染症の拡大のために海外出張をすることができなかった。そのために、上述のように、執行額が約20万円にとどまった。 2023年度もコロナウイルスによる感染症の拡大は予断を許さないが、できるかぎり当初の使用計画にもとづいて海外出張(出張先はドイツないしアメリカを予定)に充てる予定である。
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